法隆寺展
石川県立美術館が半年ほどかけてリニューアル、美しくなったところでの「法隆寺の名宝と聖徳太子の文化財展」が開かれている。遠いところを旅してきたわけだから大物というわけにはいかない。目玉は「玉虫厨子」である。何度か法隆寺にはでかけていて、そのつど玉虫を見たいと思っているけど、なにせ目が悪い、あそこにあるのかもで終わってしまう。出かけた日は体育の日、たくさんの人出である、子供連れの人も多い、まったく面白くはなかろうと思う。古文書はまったく読めず、法隆寺の地券安堵のものとか、所領、財産目録など、法隆寺の研究資料とすれば一級だろうし、お経は大般若経、法隆寺一切経、など。星曼荼羅なんてのも面白かったし、美しい孔雀明王の絵もみられて私とすれば満足。
子供なんかまったく面白くはなかろうと思うが、ルーブル美術館の学芸員のかたの言葉を思い出す。「子供がわかろうがわかるまいが、わが国の文化という本物に触れさせて、それを感じさせる。それをずっと続けていれば、自分の国の文化を誇りに思う日がくるのです」なるほどね、ただふれていることが大事なのね、でも今度の展示品はあまりに渋かった。
仏像はそう大きくないものが多かったけど、私も知識あるわけではない。じっと見ていると時代で随分仏像が違うなと感じる。室町時代くらいまでくると、整っているように見えながらなんだか間延びしたふうに見える。さらに太子の絵図さまざまで、太子の小さいときの像さまざまであるが、時代が若くなってくると、そして田舎にくればくるほど、仏像が田舎くさいというかのっぺりした姿になっていると感じた。私もわかるというほどではないので、こうなりゃ自分の好きな位置、好きな立場で見ることである。一級の資料かもしれないけど、そんなのはわからないから。
法隆寺といえば、かって娘の息災を祈って納経したことがある。フエノロサが白布をとりのぞいたという救世観音のおさめどころの勧進でなかったかしら、そのための納経であった。そのおさめどころが建立されて落慶法要が行われ、その法要の招待状をいただいたことがある。喜び勇んで出かけたが、昔の絵巻物そのまんま。弁慶の格好した人とか、水干の格好の人とか、上人は輿にかつがれていらしたとか、まったく絵巻物の世界に入り込んだ感じ。たくさんのお坊さんの読経の唱和する声とか、本当に源氏物語の世界にある法華八講の世界もかくやあらんと法要って厳粛であるべきなのだろうけど、ただきれいで美しく、有難かったことばっかりである。
お寺のことって読経、法要って大事なことであろうし、それは実に美しいものであった。今回の展示はそんな華やかさは想像もできない。どうも展示ってかび臭い、クラっぽい、湿っぽいばっかりで、どっちかというと生きて動いている世界ではなく、死んでしまった動かない世界しか見ることができないように思う。
でも法隆寺で百済観音を見たときに、ほっそりした仏像の指先が、私を招いている感じがして涙が止まらなくなったことがある。急に心が咳き上げてきたのである。仏像は昔も今も生きてある人間にそっと語りかけてくるのであるものであることを感じたものである。語られるには何かを自分が其のときに持っていたのかもしれない。仏像はいつだっていき続けているいものである、見るものではなく、感じるものであると思った。だけどそれがどうしてか、どんな状態でならばとかはまったくわからない。あんな気持ちをいつまでも持ち続けたいと思うけど、どうしてかわからないので、またあんな気持ちが落ちてくるかどうかはわからない。是非、どうしてもと思っているのだけれど。
遠くまで運ばれてきた今回の宝物、生きてある風に心に働きかけてくるものではなかったけれど、また法隆寺にでかけて、仏にあってこようとは思っている。
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